b[un]log: (ブんログ)

自称文芸人・神瀬ゆうによるブログ。森羅万象は文芸に通じると言っても過言ではないのだ。ちなみに、タイトルは「ブんログ」と読みます。「文」と「ログ」、そゆこった。

ロックと歴史の話

量ヤバめなHDDレコーダーを整理しました。
消す番組と残す番組を選別するために、けっこう前に録画した音楽番組とかを観てたんですが。
そこではThe Pillowsが何曲か演奏していて、しばらく魅入ってしまった。
めっちゃかっこいい。
年齢を感じさせないアグレッシブな姿勢、まだまだ絶好調といったかんじである。

熱狂的にではないにしろ、ぼくはThe Pillowsがけっこう好きだったりします。
なぜならば。
かんたんに言うと、それは彼らが、ロックがロックであることの必然性が失われ、もはや様式でしかないことが自明になっている時代に、でもなお自分たちがロックという様式を使うことに対して自覚的だからです。

もっとも、実際に「そうなんでしょ?」と彼らに尋ねたところで、「んなこと考えてねーよ」と一笑にふされるに違いない。他の古今東西のロックバンドに尋ねても同じことでしょう。それはつまり彼らが「ロックをやっている」からです。
もはや「ロックをやる」にはそのような屈折を経由するしかない。

とはいえ、最近では必ずしもそうは言えなくなってきていて、特に若い世代(ぼくと同世代かちょっと上)ではすごくベタにロック(という様式)をやっている人もかなりいたりする。
彼らはそもそも「ロックが死んだ」ことすら知らない。
というか、フツーに生きてきたなら自分の生まれる前のことなんて当然知る由もないのだから、ある種「歴史の忘却」みたいなことが起こるのは必然といえる。これはしょうがないことなのです。

たとえば、彼らが「忘却」してることに対してしばしば上の世代が非難を浴びせたりするわけだけど、はっきり言ってそんな説教じみたことしてもどうにもならないと思います。
上の世代が「歴史」を「忘却」していないのは、単に自分たちがその時代を生きてきたということでしかないのだから(わしらの時代は……論)。
そんな素朴なノスタルジーにしか立脚しない説教にはだいたいにおいてアクチュアリテイがないし、なんのためにやるのか疑問です。なーにをやっておるのか。
もっともこれはロックに限った話じゃない。

と、腹を立てたりもするけど、まぁ最近はそういう世代間の対立もあったほうが議論のきっかけにはなるわけだし必要なのかな、とも思っています。
と、書いた矢先に、いやいや自分は若いのだからもっと闘争的であるべきだ、とも思ったりして、天使と悪魔的なものがバトり出す。
このままどっちつかずでいくと、たぶん島田雅彦みたいな方向にいきかねない……(だからこそぼくは島田雅彦の小説に惹かれるんだろうな)。

「歴史の忘却」に話を戻す。
ここで言う「歴史」をぼくは「人生経験とパッケージになった<現在>の連続」という限定した意味で使ったわけだけど(小文字の歴史)、当然そうじゃない歴史もある。
何年に何が起こったとか、誰が何をしたとか、いわゆる我々が普段使っている意味での歴史です(大文字の歴史)。
(実は大文字の歴史も事実と解釈というふたつの要素で構成されているのですが、ややこしいのでここでは触れないでおく。)

大文字の歴史を忘却するということは、公共にとってマイナスである。
これは自明とされていることです。
たとえば、日本人の多くが先の戦争を忘れてはいけないと考えている。
だからこそ、戦後60年以上を経た今でも終戦記念日には戦争の特集番組が組まれたりもするわけです。

ぼくは大学で歴史を学んでたので特別に関心が強いのですが、こと創作においても歴史の問題は大きなものとして横たわっている。
たとえば、作品上で戦争を扱う、前時代を舞台にするとなったら、必然的に歴史に対する倫理的態度を問われざるをえない。作品そのものが、ともすれば作者の歴史観やイシューの表れであると判断されかねない。少なくとも、一般的にはそう考えられている。
これはとてもリスキーなことです。

でも、最近のアニメとかを観ていると、そんな逡巡がとるにたらないものに思えてきます。
あの世界では歴史が忘却されているどころか歴史の意味そのものが変質してるといったかんじで、なんかもーすげーことになってるw
もはや歴史が歴史として機能していない。
『夏のあらし!』『大正野球娘。』で、それは確信になりました。

できれば今後のエントリで、そこらへんの話をちょっとしてみようと思います。
ではまた/

【つおい】ヱヴァ:破 について【ぼくらの】

美容師「アシンメトリーどっすか? アシンメトリー」
「……じゃあそれでよろしく(思考停止」

という至極簡素なやりとりの末、夏毛に生え替わり(?)ました。
ここのところ伸び放題になってたので、だいぶ楽になったかんじ。ほんに短髪は楽よのう。いっそのこと、髪の毛なんて伸びなければいいのに。
こういうの、将来的にバイオ工学とかでなんとかならんもんでしょうか。みんな一斉にツルッパゲにしちゃって、高性能のウィッグを装着して生活する、みたいな。服とか靴のような感覚で、その日の気分に応じて付け替える。考えてくと、意外と実現可能なんじゃないかって気もします(主にアメリカパワーで
こんにちは。

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さて、お約束したとおり、今日は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』のことを書くます。

……てか、更新が遅れてしまいました。「明日」とか言ってたのに。マジ、ふがいない。

(以下、ネタバレあるかも)
【“【つおい】ヱヴァ:破 について【ぼくらの】”の続きを読む】

ノブレス携帯続報

湿気の(金髪)豚野郎のせいなのか、PCが低調気味で困ります。
今もまさに無線LANとの接続が切れたりつながったり、不安定な状況で。
ほんとうに困ります。もぅ、いけずやわ。
こんにちは。

さて、ようやく、というか実際には数日前なんですが、ノブレス携帯の動画をYoutubeにアップしました(どーでもいいことだけど、どうやら「ノブレスケータイ」ではなく「ノブレス携帯」が公式表記のようなので、空気を読んでそれに従うことにします。個人のこだわりよりも全体の利便性を優先する、ってーことでつまり、なんというかぼくも丸くなったものです)。

正確には「ノブレス携帯の動画」、というよりむしろ単なる着信音の紹介動画です。てか動画にする意味がまるでわからない。



おお! ほんとうに動画が貼れた。
ブログに動画をリンクするのは初めてなので、なんかむしょーにカンドー。
埋め込み用のタグを貼り付けるだけでおkなんて、便利になったものです。
ありがとうYoutube。

着信音をつくったのはもう2週間以上も前なのに、アップがこれだけ遅れた今となってはもはや出遅れ感丸出し
明らかに他の投稿者に先を越されている。
やはり上には上がいるもの。アニメのとおりのメニュー画面を自前で作ってらっしゃる人とかもいて、驚愕することしきりです。レベルが違いすぎる……。ただただ、素直にリスペクトするほかない。



最近ニコマスとか観ても思いますが、こういうファンの「ないならおれがつくる!」パワーっていうのはほんとうにすごい。
ぼくも見習って、いつかは消費物を自給自足できるような究極の消費者になりたいものだ。
大量消費社会はすでに終わった!これからは自給自足&シェアの時代がやってくる!とか恥ずかしげもなく叫んでもいいくらい、これはリアルに実感していることです。

当面の間グローバル経済体制は変わらず、企業や投資家がデカい金を動かしていくんでしょうが、その下では消費者間の小さな需要供給関係が栄える。
そこでは人々は、貧富の差も社会的地位も関係なく、ただ単純に欲望達成のために助け合う(たとえばオタク文化を考えればイメージしやすいはずです)。
そして経済的欲望に基づく<大きな社会>と、快楽に基づく<小さな社会>が、互いに別個の規律・公共性で動きながら共存していく。
世の中全体が、ゆるやかにそんなかんじにシフトしていくんじゃないかなー、みたいなことを最近は夢想しています。もっともそうならん可能性も大ですが。
そもそも現にその萌芽はちゃんと存在している。あとはそれが広範囲に浸透していくかどうかの問題だ。

……。
なんか、電波かつ支離滅裂な文章だなー、これw
頭の悪さがいよいよ本格的に露呈し始めてる。

というのも理由があって、ひとつは単純に眠いから。そしてもうひとつはエヴァ:破のことで頭がいっぱいだからです。
実のところ、初日に観てました。
ほんとうは今日記事にしようと思っていたんですが、サジ加減がイマイチ定まらず、あーだこーだ考えた挙げ句なんかメンドくさくなってスルーしてしまった(いや、いろいろあるんすよ。感じたことを単純にポンと出すわけにもいかないんすよマジで)。
とはいえ、過去のエントリでウザがられそうなほど何度もプッシュしてしまった以上、責任はとりたい。
ということで宣言。

明日書きます/

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おもに秋葉原事件について

……生きています。間違いなく。
こんにちは。

ここ最近のアクセスの実に7割以上が「ノブレスケータイ」で検索されたものだという事実っ。
どんな経緯であれ閲覧いただけるのはありがたい。
と思いつつも、ビミョーにヘコんでいます。

――そういうもんだけどな!ネットってのは。

やはり、このブログの内容の性質から考えると、はてなダイアリーに移転すべきなのかもしれません。
でもなぁ。
あそこはあそこでなんか閉鎖的な印象があって、ちょっと気が進まないんだよね。
内部で自己完結しちゃってるというか……。

まぁそれはともかく。
「ノブレスケータイ」については、近いうちにYoutubeかニコニコにアップしたいと思ってます。
アクセス数と拍手の数から察するに、まったく需要がないわけでもないでしょう。
有象無象の来訪者諸兄、どうぞご期待してくれちゃってくださいmm


さて。

6月8日のことです。6日8日。
とっくに過ぎてしまってもはや時事ネタと言えるのかどうかすら疑問ですが、その日は例の秋葉原事件からちょうど1年でした。

事件当日、ぼくはまさに「秋葉原に行こう」と誘われていた。
なんとなく気分が乗らなくて断ったのだけど、あのときもし踏みとどまらずに行っていたら事件に巻き込まれていたかもしれず、そう思うと、とても他人事では済まされない。

自分の生死が偶然によって決定される。これが無差別殺人のなにより恐ろしい点で、殺された人・ケガを負った人にしたところで、被害を受けたことになんの必然性もないわけです。
あと1秒ズレていたら、違った行動をとっていたら、助かったのかもしれない。
したがって、「なぜ殺されなければならなかったのか」という遺族の問いに対しては、せいぜい「運が悪かった」という程度の答えしか与えられない。なぜならすべて「偶然」だから。
こういう、ミもフタもない決定不可能性が身近に蔓延している世の中にぼくたちは生きている。

事件から1年経った現場には、被害者を偲ぶ多くの人が集まったという。
ぼくは実際に現場に行って手を合わせることができませんでしたが、秋葉原事件で亡くなられた方、言い換えれば「自分の身代わりであったかもしれない」方、あるいは「ありえたかもしれない自分」に対して、この場を借りてご冥福をお祈りします。

事件全体について少しだけ言うならば、―これはもう誰かが言ってることとは思いますが―というか、言うまでもなく社会の歪みが遠因としてあります。
この事件を格差問題のせいだと声高に言う人がいるけど、それはちょっと短絡的で、もっと突っ込んで考えれば、格差程度であらゆるコミュニケーションから疎外されてしまう社会そのものの歪みが問題なわけであって(=金の切れ目は縁の切れ目問題)。
っていう路線で意見を進めていくと、最終的には、あらゆる共同体や「地域」の破壊を推進した小泉的ネオリベ政策批判になっていきますが……w、とはいえ、それも完全に正確とは言えない。

そもそも犯人について言えば、今日食べるものに困るほど困窮はしていなかった。
派遣社員という自分の現状に不満はあったにせよ、それを訴えることが事件の目的ではなかったことは、ネットへの書き込みや行動などからみても明らか。
むしろ彼を事件へ突き動かしたものは、「どーでもいい」とか「ヤケになった」みたいな絶望・諦めです。

学歴社会で「挫折」して家族との関係がうまくいかず、仕事柄土地を転々とするため長続きする友人関係もつくれない、最後の砦であるネットの掲示板でもシカトされる→行き場なし→詰み(そんなオレって……)。
みたいなコースを辿った末、「ヤケ」になって事件を起こしてしまった。
つまりは、コミュニケーションとアイデンティティーの問題
おいおい、誰かなんとか言ってやれよ、とかぼくなどは思いますが、彼には彼を受け止めてくれる場所がどこにもなかった。そういう場所なり人なりがあれば、もしかしたら事件は起こらなかったかもしれません。

個人が剥き出しになり、「包摂性(by宮台真司)」が失われた社会において、人々のコミュニケーションやアイデンティティーはどのような手段で担保されうるのか。
この問題に社会全体で真剣に向き合わない限り、いや、それ以前にこういう問題の位相があるということを社会全体が自覚しない限り、第二・第三の加藤が生まれる可能性は上がりつづけるでしょう。


サクっと書くつもりが、例のごとく長く、カタくなってしまいました。
それではまた/

ニュースも見た目が9割

校時代の友人がリーブ21のCMに出演している疑惑が急浮上。
実際にテレビで観てみたらこれが激似でw、マジで本人なんじゃないかと疑わずにはいられない。
ああ問い詰めたい問い詰めたい。
こんにちは。

更新頻度がだんだん落ちてきています。
村上春樹のこと、注目してる漫画のこと、先日旅行した日光のこと、つか総選挙とかマジどーでもいーよ、などなどネタはたくさんあるんですが、どうにも溜め込んでしまって、いや、いかんです。
溜まったものはどんどん出していかないと。いっぱい出さないと。
つくづく反省しています。


『葛城ミサト報道計画』バンダイナムコゲームス公式サイト
http://b.bngi-channel.jp/ps3_misato/p_outline_news.html

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ニュース記事を葛城ミサトの合成音声が読み上げる、というサービスらしい。
ニュースの内容は変わらないけれど、出力のされ方が変わる。
いかにもネット時代的な発想で、とてもおもしろいと思う。

「萌え米」とか「メイドカフェ」とかもまさに出力のされ方の変化による産物で、もはや逆に表層(萌え絵、メイド)が深層(米、喫茶)を喰ってしまっているみたいな現象すら起きている。どっちがメインでどっちがサブかもわからない状況が生まれている。

これはなにもオタク界隈にかぎった話じゃなくて、たとえば、おカタいテレビ番組なんかで美人キャスター(いかにも事情に明るくないかんじの)が起用されるとかいうのも、同じく出力レベルの問題です。
端的に言ってしまえば、内容が同じならかわいい女の子が映ってたほうがよくね? みたいな話です。
てことになると、ふむ我々日本人はつまり内容なんてど〜でもよくて見かけだけを殊更に重視している愚かな民族なのだ、みたいな自虐的な意見が聞こえてきそうですが、
いや、まぁ……日本語っていう言語自体がそもそもそういう性質を内包しているし(ex.マスコミによる造語)、その身の丈の低さが我々の文化なのであって……それはそれとして認める他ないんじゃないでしょうか。
ちなみにぼくは「ヘッドフォン少女」も「初音ミク」もけっこう好きです。

『報道計画』の話に戻す。
実際に動画を観たところ、イントネーションはなかなかのレベルでした。
まこと、合成音声技術の進歩はめざましい。
サービスをPS3に限定しないでPCにも対応すれば、かなり売れるんじゃないかなー。
そもそもネットでニュース読むような人間はキャラに読み上げてもらうなんて時間のムダ、ンな悠長なことはやってられんよと思うだろうけど。
売れるんじゃないかなー。
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